|
「さ、行くぞ…
まずはお前の、就職活動だ」
今から出ても、とっくに開店してるけど…
それでもきっと、あの陽気な連中は、忙しく働きながら、
『今日から新しく加わる旧メンバー』を、
心から歓迎してくれるに違いないから。
「仁…」
「なんだ…?」
「あたしの未来に、あんたがいることを信じる」
「俺の方は、ずっと前から信じてた」
「あたしの心は、何度折れたとしても、
あんたが必ず、元に戻してくれるって、信じる」
「俺のこと、信じてくれていい」
「そして、いつかこの指輪を、
目だけでなく、薬指で感じられるって、信じるよ…」
「うん………俺も、信じてる」
「…行ってきます」
「ああ、行ってこい。
…俺と、一緒にな」
卒業式まで、あと数日。
俺たちの、最初のゴールまで、あと一年と数日。
俺たちは…
いつか見た『三人の泣き顔』を、
この手に取り戻すための、
戦いを、再開する。
………
……
…
〜 After the 里伽子抄 〜
ファミーユの前まで来ると、
里伽子はまた足を止めてしまった。
「やっぱり駄目だよ。
もう、営業時間始まっちゃってるんだよ?
迷惑だよ…」
「そんなこと、ない。
それに今日は平日だから、今ならまだ余裕があるだろ」
「でも…」
「なあ、里伽子。お前、言ったんだろ?
俺を、勝たせてみせるって」
「う…、でも、それはまだ強かった頃のあたし、
今の、弱くなったあたしじゃない…」
「それにな、お前がいてやっと、
『家族』が全員揃ったって、言えるんだ。
俺がいて、里伽子がいて、姉さんがいて、
かすりさんや、明日香ちゃんがいて…。
それが、ファミーユなんだ」
「仁…。わかったよ…」
「さあ、入るぞ」
「あ、ちょっと待って」
「またかよ…」
「ううん」
里伽子は短く答えると、
大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
「うん、いいよ」
そして、俺たちは、
ドアの先に待つ未来へと、足を踏み出す。
………
……
…
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。
あ、あれ…高村と、里伽子さん…。
戻って、来たんだ…」
「どしたの玲愛?」
「な、なんでもないわよっ…
さ、仕事仕事」
玲愛の視線をたどってファミーユを見た瑞奈は
状況を理解した。
「あ、里伽子さん、戻ってきたんだ」
「そうね…」
そう言いながらも玲愛は、
二人が入っていったドアから目を離そうとしない。
「恋する乙女はたいへんねぇ…」
「それも昼ドラ並みの横恋慕だしねぇ」
「瑞菜、店長、殴りますよ?」
………
……
…
「おはようございま〜す。姉さんは?」
「恵麻さんならキッチンだよ。
そんなことよりどうしたの、今日は…、
って、リカちゃ〜ん!」
フロアに出ていたかすりさんが、
里伽子をめざとく見つけて声を上げる
「え? 里伽子さ〜ん!
戻ってきてくれたんだね。てんちょ、よかったね」
「かすりさん…明日香ちゃん…」
「戻ってきてくれたってことはさ、
これでまた、一緒に働けるんだよね、リカちゃん」
「みんな…ただいま。
いろいろ迷惑かけて、ごめんね」
「みんな、ありがとう。
さあ、里伽子、行くぞ」
「え、もう行っちゃうの…
って、そっちはキッチンだよ?」
「ああ、そうだ、かすりさん。
ちょっと姉さん借りるから、キッチンお願い。
明日香ちゃんはそのままフロアで」
「え…」
………
……
…
「姉さん」
「仁くんじゃない。
どうしたの、こんな時間に」
「面接希望のコが、来てるんだ」
「え…?
あ、リカちゃん!」
「ほら、里伽子」
俺は里伽子に自己紹介を促す。
「え…あ、夏海…里伽子です…
えっと…」
「いいわよリカちゃん。
リカちゃんのことはよく知ってるし、
面接なんて、いらないわよ」
「姉さん…」
「それに、仁くんの選んだ人だもの、
間違い、ないわよ」
「そうじゃないんだ、姉さん。
気持ちの、問題なんだ」
そう、これは里伽子が立ち直るために必要な『儀式』
「面接、してくれないかな」
「仁くん…リカちゃん、わかったわ」
「でも、本当にいいの?
あたし、接客なんて、できないよ?
それどころか、皿洗いも…」
面接も無事終わり、更衣室で着替えているとき、
里伽子はまた弱音を吐きだした
「なに言ってんだよ、接客だってできたじゃないか。
外国人のお客様が来たとき、助けてくれたろ?
それに、お前には、俺にだってできないこと、
できるって、さっきいっただろ?」
「だからそれは…」
「帳簿付け、各種振込み手続き、
材料の発注決めと、発注手続き…
あ、あとそれに会議とか…
この辺なら問題ないどころか俺よりはやいな」
「え…」
「なあ里伽子、お前はファミーユの脳みそなんだ。
里伽子が動かなくても、みんなが動けばいいんだ、
そうやって、助け合っていくのが『家族』だろ?」
「仁…」
「最後、カチューシャと、よしっ、できたぞ」
といいながら軽く唇を合わせる。
「ん…」
「勇気、出ただろ?」
「まだ足りない…」
「しょうがねえなあ、里伽子は」
もう一度、こんどはゆっくりとキスをする
「あっ…ん…」
そしてゆっくりと離れ、里伽子を見る。
「やっぱり、里伽子が一番似合うな」
里伽子が、自分のためにデザインした制服だから、
里伽子が一番似合っているのも、当然なんだけど。
「仁…勇気、ありがと」
「ああ、さあ、行くぞ」
………
……
…
更衣室から出ると、みんなキッチンに揃っていた。
みんな…?フロア、誰がいるんだろ…。
まあ、それはそれで都合がいいか
「え〜と、今日からファミーユに、
新しい仲間が加わります」
「………」
あ、あれ?
みんな反応薄いな…
「ど〜せあたしたちは制服、似合ってませんよ〜だ」
「んなっ」
「そうそう、
更衣室でイチャイチャしちゃってねぇ」
「そうよ、あたしにはしてくれないのに〜」
「いや恵麻さん、あなたがしてもらうのは
色々と問題があるんじゃないかと…」
み、見られてた!?
「ってか、お前ら仕事しろ〜」
「はいはい、わかってますよ、
このセクハラ店長」
「………」
俺、立場弱すぎ…
「り、里伽子ぉ、
黙ってないで助けてくれ〜」
泣きそうな目で里伽子を振り返ると、
フロアに目をやっていた里伽子がこちらに向き直ると
「恵麻さん、ショーケースのケーキ、
足りてないんじゃないですか?」
「え…」
「明日香ちゃん、お客様、並んでるわよ?」
「は、はいぃ!」
「かすりさん、3分でフロアの制服に着替えてくださいね」
「リカリンの鬼〜」
あっという間に追及を打ち切った。
俺、ほんとに威厳ないな…。
「ありがとうございました〜」
最後のお客様が帰り、今日も無事1日は終わっていく。
「休んでて、いいんだぞ。
疲れただろ? 久し振りに働いて」
片手で器用に、伝票の束を扱う里伽子の背中に向かって
俺は声をかけた。
「ううん、いい。
今、すごく充実してる。今、すごく幸せなの」
「そう、か…」
「あたしは戻ってきたんだな、
戻って、来れたんだな、って。
まだ、左手は動かないけど、それでもあたしはまた、
ファミーユで働いてる。仁の、役に立つことが、
できたんだな、って」
「里伽子…」
「あたしはもう、大丈夫。
今までは、あたしには仁しかいないけど、
仁には、みんながいるって、そう考えてた。
でも…違ったから。仁だけじゃない。
あたしも、みんなに支えられてるって、わかったから。
わたしはもう、迷わない。
今の苦しみの先に、幸せがあるって、信じられる。
いつかこの手で、あたしたちの子供を抱けるって。
手の届かない夢じゃなくて、手を伸ばせば、
届くんだって。
みんなが、届かせてくれるって…信じる」
俺と里伽子の戦いは、再開したばかり。
それでも俺は、この戦いの勝利を確信してる。
だって、里伽子が応えてくれたから…。
to be continued...
|